クラウドソーシングはWin-Winの関係になるのか
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2016年には日本だけで1000億円市場になると言われる急激な勢いで日々拡大するクラウドソーシング市場ですが、システムを運営する各社がクライアントである依頼者(発注者)に対してコストが抑えられることをひたすらにメリットとして売り出し、その通りに安く請け負うワーカーが求心力となってビジネスモデルを確立してきたことから、より安くという価格競争に歯止めがきかない状態に陥っている感は否めません。
その結果、クラウドソーシングのワーカーの単価が安いと感じられる、それ相応以上の価格で仕事を請け負うことができている制作会社勤めの方やフリーランサーからは「安すぎる、安売りするな、価格破壊だ、業界の単価を下げるな」「選ばれなかった場合の無駄が多い、不公平だ、酷い、手を出したら負けだ、生活していけるの」などのネガティブな批評が多い一方、それは視点を変えてみると、価格破壊を起こすクラウドソーシングのワーカーは競合相手としてとてつもない脅威になりえる可能性を見過ごすことができないとも言えます。
試すこともなく客観的なことを述べるわけにもいかないので、私自身クラウドソーシングを依頼者(発注者)側として利用してみて、クラウドソーシングは非常に優れた仕組みであると実感していますが、関連する業界へマイナスの影響を与えることも多いのではないかと、このまま放っておいて数字上の市場規模だけがどんどん成長していくのではクラウドソーシングに関わる人々にとってWin-Winの関係が築かれていくのかには疑問を感じざるを得ませんでした。
クラウドソーシングを運営するシステムも変わっていかなければならないでしょうが、一番はそれを利用するクライアントである依頼者(発注者)側が改善しなければならない点があまりにも多いように感じたので、そのあたりを中心にツラツラと書いてみます。
クラウドソーシング市場に定着する相場
Web Designingに見るWeb制作業界の例
マイナビから発売されているサイト構築のトータルデザイン誌「Web Designing」には毎年年末号に、架空の美容室からの見積もり依頼と題して、美容室のサイトを制作する構成要件が提示され、その要件に対して読者から送られてきた見積もりがまとめられて掲載されています。Googleで本誌の内容のプレビューが確認できるので参照ください。
ここにあがっている見積もりを見ても、総じて平均額だけは例年60万円+-5万円でまとまっている感はあるのですが、同じ構成要件でも10万円未満から300万円以上までバラバラの見積もりが例年提出されてきています。
提示されている要件が同じにも関わらずバラけることになっている理由は、ある程度は地域差によるところもありますが、数百万円単位の開きに至るのは上限予算が定められていないことと開示されている要件の文面からどこまで汲み取るか(通常であれば上限予算などからどこまですべきかを汲み取ったりするため)で違ってきているものと考えられます。
たとえば、制作のことだけでなくセキュリティやその後のサイトを活用してビジネスの成功(数字)のことにまでコミットしている1から10のことまで考えた見積もりも出てきていれば、要件の内容を外見上だけ満たすあくまでも1のことだけを考えた見積もりも出てきているのでしょうから、提示される要件が曖昧であればあるほど、バラつきが出てきても然るべきでしょう。ゆえにWeb制作業界にはどこまでのことをやるのかに応じて、その値段が妥当なのかどうかの値頃感はあっても、制作費括りでの相場そのものはあってないようなものと言えます。
Crowd WorksとLancersの2大システムに見る例
一方、クラウドソーシング市場にはわずかな期間にもかかわらず相場が定着しようとしています。ここでは大手2社を引き合いに出してみます。クラウドソーシングのシステムを運営する大手2社では依頼形式がコンペの場合、エコノミー、ベーシック、スタンダード、プロフェッショナル(プレミム)から依頼する金額の幅を選択できる仕組み(カスタムを選択することで自由な金額に設定することも可能)が用意されています。このあらかじめシステム運営側がカテゴリ(仕事内容)毎に設定している価格の中でベーシックやスタンダードは名ばかりであって、エコノミーがクラウドソーシングにおける事実上の相場価格になっていると言えます。
- Crowd Worksの場合
- Lancersの場合
このように依頼したい仕事内容であるカテゴリを選ぶだけで、依頼者(発注者)には予測提案数と各プランの価格がシステムより提示されます。コンペ形式が選択できる仕事内容(カテゴリ)毎の金額の一例を転用してみましょう。
仕事内容 | エコノミープランでの設定金額(税抜) | |
---|---|---|
ロゴ作成 | Lancers | ¥20,000円/パターン |
Crowd Works | ||
イラスト作成 | Lancers | ¥10,000円/パターン |
Crowd Works | ¥30,000円/パターン | |
名刺作成 | Lancers | ¥10,000円/パターン |
Crowd Works | ¥20,000円/パターン | |
チラシ作成 | Lancers | ¥20,000円/パターン |
Crowd Works | ¥30,000円/パターン | |
バナー作成 | Lancers | ¥10,000円/パターン |
Crowd Works | ||
Webデザイン(トップページ)制作 | Lancers | ¥30,000円/パターン |
Crowd Works | ||
Webデザイン(下層ページ)制作 | Lancers | ¥7,500円/パターン |
Crowd Works | 不明 | |
ランディングページ制作 | Lancers | ¥30,000円/パターン |
Crowd Works |
この金額だけを見ると特別安くもないように思われるかもしれませんが、肝心の依頼内容に応じての複雑さなどは一切加味されない(選択肢から選ぶだけなので一律になっている)ことに最大の注意を払わなければならないことと、クラウドソーシングが「安すぎる、価格破壊だ」と言われる所以は、これが数人〜数十人の提案者の中から依頼者(発注者)が選んだただ一人に絞られるところにあります。
選ばれなかったワーカーは無報酬で、さらに当選者のワーカーに支払われる報酬でさえもシステム利用料として20%〜5%が依頼金額から引かれることになります。つまり、20,000円の依頼金額のロゴ作成であれば25件の提案があったとして、24人は無報酬で、当選者の1人に依頼金額の20,000円から20%が差し引かれた残りの16,000円が報酬として支払われることになります。加えて、その報酬をシステム運営会社から振り込んでもらう際の手数料においてもワーカーの負担となりますので、最終的には振込手数料まで差し引かれた額がワーカーの収入となります。
また、気に入った提案が出てこなかった場合、依頼者(発注者)が当選者の決定をおこなわず、キャンセルにしてしまう事態も多くあります。加えて、Lancersには、スタンダードプラン以上の依頼金額の設定であれば、コンペ終了後に提案件数が15件未満だった場合、依頼者(発注者)に依頼金額が全額返金される仕組みまで用意されています。この保証が適用された場合、14人のワーカーから提案があったとして、誰も当選することなく、全員が無報酬ということになります。気に入った提案が出てこなかったのはそもそも依頼内容の不備であったかもしれない可能性もあるにも関わらず、このような仕組みになっているのは、依頼者(発注者)側が得する枠組みにかなり偏っていると言えます。
もちろんサービスとして成り立たせるには、利点がなければ依頼者(発注者)を集めることはできないわけですから、クラウドソーシングというサービスを運営する性質上致し方ない部分もあるでしょう。そして価格についても、一度相場として定着してしまうと、もはや依頼者(発注者)側が一様に価格を上げることはないでしょうし、システム運営側も上げようとすることはありません。しかしながら、先述の部分で「気に入った提案が出てこなかったのはそもそも依頼内容の不備であったかもしれない可能性」というところについては、大きく改善が図れるはずですので、その点について言及してみましょう。
コスト減の負担までワーカーに求められる現状
Web Designingに載っていた見積もりであれば、現実的には提出した見積もりについての積算根拠を打ち合わせなどを通して仔細な説明を行うことで、クライアントの抱える不安や疑問が取り除かれていき発注へと至ることになるでしょう。そのため、一見同じ提示要件でも1から10のことまでをする内容もあれば、1だけをこなす内容もあるため、見積もり価格には開きが生じており、それ相応の金額の見積もりにはディレクション費も含められているものと考えられます。
対して、クラウドソーシングでは依頼者(発注者)側は事前に上限予算だけを決めている場合が多く、肝心の依頼内容については何をどうして欲しいのかさえも理解し難い状態のものが見られます。
依頼者(発注者)の中にはWebやインターネットに疎く、その利用実態の中には、「こんな風にしたい・こんなことができるようにしたいというイメージはあるが、うまく文章にすることができないから伝えることもできない、必要なものが何かもよくわからないから、お任せしよう。登録してるワーカーさんはプロだから安心です!って書いてあるし...」という形で丸投げでの依頼が行われることも多いと言えます。
その結果、ワーカーが制作に必要な情報を聞いても、依頼者(発注者)はその横文字が何のことを指しているのかも分からず、コミュニケーションが成立しない、はたまた返事が返ってきても指示が曖昧、しだいに連絡は途絶え、案件そのものが進まなくなったり有耶無耶にされてしまうなど、依頼者(発注者)とワーカーとの間に起きるミスコミュニケーションが原因で最悪の事態に至ることも少なくないわけです。クラウドソーシング市場が成長する一方で、ミスマッチを引き起こす割合も多くなっているのには、このような問題があります。
そもそもクラウドソーシングがコストを下げられるのは時間と場所にとらわれることなく「クライアント」と「デザイナーやプログラマー」を直接つなぐことによって、単純にこれまで発生していた旅費・交通費と一番大きなものはディレクション費というコストが省けることによる対価と言えます。そのコストが省けた分の労力を最大限担わなければいけないのは、本来は依頼者(発注者)側であるため、しっかりとした提案依頼を行えていることを前提にクラウドソーシングの機能は活きるといえます。
たとえ疎くともクラウドソーシングで依頼するだけインターネットが使えるのであれば、ターゲットや作って欲しいものにどういう役割をもたせたいのか、達成したい目標は何なのかは伝えることができて然るべきです。ワーカー側がそんなところから聞き出している現状では、やはり価格に対してディレクションまで求められる実態とで乖離が大きすぎて、クラウドソーシングの機能が活かされるはずもありません。
また、その問題をシステム運営側はディレクターを入れることで解消しようとしているのは、「クライアント」と「デザイナーやプログラマー」を直接つなぐことでコストを下げられているクラウドソーシングそのものの意義が軽薄になるだけで、本末転倒なことであるように思われます。
- LancersのWebディレクターがクラウドソーシングで求められる理由より
クラウドソーシングにより、いつでもどこからでもエンジニアやデザイナーに仕事を依頼できる時代となりましたが、直接クリエイターとやりとりをすることがメリットのクラウドソーシングにおいては、発注者自身が適格に仕事を発注する必要があるのも事実です。
とはいえ専門的な知識はすぐに身に付くものではないため、発注者の意図を理解し、エンジニアやデザイナーへ依頼をするWebディレクション能力が非常に求められているのです。
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クライアント、ディレクター、デザイナー、エンジニアの全員があえて非対面で進めなければいけないような状況は、よっぽどの信頼関係でも築かれてない限り無謀で、顔見知りですらないもの同士がわざわざコストを高めてまでそんな危ない橋を渡るメリットは、依頼者(発注者)側にもディレクターを含めたワーカー側にも現状のクラウドソーシングには残念ながら全くあると思えません。
Win-Winになるために変わらなければならないこと
値上げ=Win-Winの関係は現実的に起こりえません。一度相場として定着すると、もはや依頼者(発注者)側が一様に価格を上げることも、システム運営側が上げることもないでしょう。また、単価が安いということについても、クラウドソーシング市場は単価が安くなるスピードが非常に速かったというのが実態であって、これはクラウドソーシング市場に限らず関連する業界も同様で、印刷業界では単価だけでなく物量まで減り続けている状況であり、Web業界も印刷業界を追うように制作面の単価が下がる一方で効率化の追求に一本化されようとしています。このような現状の景況を考えると、クラウドソーシング市場が少しでもWin-Winの関係になるために必要なのは、まずはワーカーが効率的に仕事ができる環境を整えることに帰結せざるを得ないでしょう。
システム運営側も発注者自身が適格に仕事を発注する必要があるのも事実です。とはいえ専門的な知識はすぐに身に付くものではない
というところに気づいているのであれば、ワーカー側にディレクションを求めるのではなく、クライアントである依頼者(発注者)側のレベルアップにこそ注力した活動を考えられた方がシステム運営側・クライアント側・ワーカー側の3者においてもwin-winの関係に今後なっていけるものと考えられます。
たとえば、システム運営側でクライアント向けのRFPの講習をオンライン上で開催、その講習を受けてもらった上でアカウントに紐付けてオンラインテストを実施、その点数に応じて初級・中級・上級を認定、仕事内容(カテゴリ)毎に中級以上でしか依頼できない、上級でしか依頼できないなどの制限を設けることが最低限必要なように思われます。クラウドソーシングを使おうという時点で行動力はもともとあるわけですから、依頼者(発注者)は依頼したい仕事内容が依頼できる級になるまでの勉強労力ぐらいであれば厭わないと思われます。
もちろん講習についてはオンラインだけでなく、オフラインでも行うことでシステム運営側にとってもクラウドソーシング自体の知名度を上げる活動にもつながるでしょうし、ミスマッチを減らすことができればリピート率の向上にもつながるでしょう。またクライアントである依頼者(発注者)も世の中、知っていないと損することばかりなわけですから、ある程度の知識を身に付けることは依頼することだけに役立つのではなく、ワーカーに作ってもらったものをその後活用するにあたっても大いに役立つでしょうし、またクラウドソーシングとリアルで依頼すべき内容とを使い分けができるようになれば、関連する業界にもプラスの影響が波及するでしょう。そして、ワーカーも効率的に仕事が進めやすくなると数を多くこなせられるようになることで受注数が増やせ、(クラウドソーシングの特性上)いわゆる薄利多売である形は残念なところでしょうが今まで以上に稼ぐことができるようになる可能性は十分高くなると考えられます。
クラウドソーシング市場が大きく成長していく中で、自分が身を置くWeb業界については波及してくる影響が最小限にとどまってほしいというのが情けない本心・本音ではありますが、クラウドソーシングは非常に優れた仕組みでありますので、自分自身ディレクション業務にまわってこれからも頼ること・頼らざるをえないことが多くあろうことから、ワーカーの方々にとってより仕事がやりやすくなることを切に願います。